地縛霊の供養




明主様御教え 「怨霊及び地縛の霊」より (昭和18年10月23日発行)

「(一部のみ引用) 次に、地縛の霊というのがある。

これは変死者の霊であって、溺死、縊死(いし)、轢死(れきし)、墜死、毒死、自殺、他殺等であるが、

これらの死霊はいかに懇ろに葬るといえども、その死所を放れる事が出来得ないもので、

ちょうど、地に縛られたごとくであるから地縛の霊というのである。

これらの霊は、居所が墓場と異なり孤独であるから相手を求めたがるのである。

それが為、その霊の付近を通行するものを誘って自殺又は変死させんとするのである。

世間よく轢死者があったレールの付近や、溺死者のあった水辺等に、次々変死者が出るという事は、誰も知る所であるが、右の理によって肯れるであろう。

そうして地縛の霊は三十年以内には離脱出来得るものであって、死者の近親者等の供養のいかんによって、離脱に遅速のある事は勿論である。」 (明日の医術 第3編より)




明主様御教え 「死後の種々相」より (昭和24年8月25日発行)

「(一部のみ引用) 次に変死について知りおくべき事がある。

それは他殺自殺等すべて変死者の霊は地縛の霊と称し、その死所から暫くの間離脱する事が出来ないのである。

普通数間または数十間以内の圏内にいるが、淋しさの余り友を呼びたがる。

世間よく鉄道線路などで轢死者が出来た場所、河川に投身者のあったその岸辺、縊死者のあった木の枝等よく後を引くが右の理によるのである。

地縛の霊は普通三十年間その場所から離れない事になっているが、遺族の供養次第によっては大いに短縮する事が出来得るから、

変死者の霊には特に懇(ねんご)ろなる供養を施すべきである。

そうしてすべての死者特に自殺者のごときは霊界に往っても死の刹那の苦悩が持続するため大いに後悔するのである。

何となれば霊界は現界の延長であるからである。

この理によって死に際し、いかなる立派な善人であっても苦痛が伴う場合中有界または地獄に往くのである。

また生前孤独の人は霊界に往っても孤独であり、不遇の人はやはり不遇である。」




明主様御垂示 「地縛霊に対しては遺族が懇ろに供養すべき」

信者の質問
「踏切などで自殺した地縛の霊を石地蔵などを立てて供養し、後難を除去する等の事を致しますが、この場合地縛の霊が人の供養を受けられるもので御座いましょうか。」


明主様御垂示
「地縛の霊など人の供養がなければ浮かばれぬ。

早く救われるよう遺族がよほど供養してやる。

するとその期間が短縮される。

地蔵に祀られると霊界における向上が早い。

地蔵に憑依して善い事をする事になる。

だから大変善い事である。

地縛の霊には祝詞がよい。

大先生などすぐイキナリそこへお座りになる、すると御光により救われる。」




明主様御垂示 「供養で地縛の期間が短縮」 (昭和23年12月10日発行)

信者の質問
「轢死溺死者などの変死者の霊は地縛の霊と言って、相当の期間その死の場所から遠くはなれることができず淋しがって、ほかの霊を招く。

これが魔の踏切とか魔の渕とか言われるゆえんであることはご存じのことと思います。

そして、お仏壇にその人の位牌に祀り供養する場合は霊はその位牌に来れるでしょうか。」


明主様御垂示
「来れません。

しかしお祀りする人々の想念によってその霊に伝達し、その功徳で霊は浄まり地縛の期間が短縮されます。

よく供養をなすべきです。」




明主様御垂示 「地縛の霊と仏壇」 (昭和24年3月23日発行)

信者の質問
「変死をした人の霊は死に場所から数間ないし数十間以内しか動けないことになっておりますが、

その霊を供養する場合、仏壇に祀ってある位牌に霊が来られるのでございましょうか。

もし来られない場合はいかなる方法でお祀りすればよろしいのでございましょうか、お伺い申し上げます。」


明主様御垂示
「位牌には霊は来られませんが、たびたび御仏壇で供養することによって御仏壇に来られるようになりますから、そこで供養すればよろしい。」




明主様御垂示 「轢死者も遺族が懇ろに供養すると痛みが早くとれる」 (昭和24年7月13日)

信者の質問
「イエスやガンジーのように不慮の死を遂げた場合でも、偉大な人は天国に行けるものでしょうか。

また、下山氏のごとく屍体がバラバラになった場合、その霊体は霊界でどのようになりましょうか。」

明主様御垂示
「イエスとガンジーは違いますよ。

イエスは宗教家だから勿論すぐ天国に復活するけど、ガンジーは政治家だから。

でもガンジーはふつうのと違ってバラモンの行者ですからね、だから何度も断食なんかやったんです。

だからすぐ天国には行けずにいったん地獄へ堕ちたでしょう。

勿論天国に行くのも早いですよ、ああいう人はいいことをしてますからね。」


信者の質問
「ああいう死に方をしなければ天国へ行けたでしょうか。

明主様御垂示
「そうも決まってませんがね。

しかし、ああいう死に方は地獄で苦しみますね。・・・

それから下山氏のようにバラバラになったのでも、すぐに繋がるんですよ。

しかし繋がっても、その繋がった所が当分の間痛んで苦しいんですよ。

それで残った人達が誠意をこめて供養すると、その痛みが早くとれてくるんです。

例えば爆弾なんかで体がバラバラに飛び散ると、霊も粉々になってしまうんですが、けれどもすぐにまた元通りになってしまうんです。

これは割に早くなりますね。たいてい一週間くらいで治りますよ。」


(註 下山事件・・・連合国の占領下にあった昭和24年7月5日朝、日本国有鉄道初代総裁・下山定則(しもやま さだのり)が出勤途中に失踪、翌日未明に轢死体となって発見された事件。

事件発生直後からマスコミでは自殺説・他殺説が入り乱れ、警察は公式の捜査結果を発表することなく捜査を打ち切った。)




明主様御垂示 「自殺者は早く祀れ」 (昭和27年2月27日)

信者の質問
「また、昨年秋、土蔵の中に家の主と思われる蛇がいたのを、父親が殺して川に流しましたが、その障りはございませんでしょうか。

曾祖父の兄弟で行方不明になっている者があり、祖父の妹が水死(子供と二人自殺)しております。

ある本教信者で霊の見える方が、近所(他人)のKの霊が頼っているからお祀りすれば良いと言われますが、

未だ祀らずにありますが、やはり祀らねばならないもので、ございましょうか。」 (中略)


明主様御垂示
「それはいけないですね。

早く祀らなければ・・・早く祀りなさい。

そんなことで治るわけですがね。」




明主様御垂示 「憑依する首吊り自殺者は早く供養すべき」 (昭和24年6月8日)

信者の質問
「私はただ今ある家の二階を借り昨年一月より住んでおりますが、

この家は一昨年十二月六日に家主の叔父に当る人が世をはかなみ縊死したそうで、

後日近所の人から聞いた時は別に恐いとも思いませんでした。

しかし今年になってから、私の咽喉に異常が現れ、咽喉笛が食違ったような感じがあり、追々ひどくなって、

五月頃からは咽喉を締められるような感じで仕方ありませんので、

五月二十日頃から縊死した人の霊を慰めようと思い水、御茶、御飯等をあげ、善言讃詞を朝夕あげました。

その朝は咽喉ばかりでなく気分がいらいらして、精神病になるのではないかと心配致しましたが、

供養を始めてから一週間目には気分も大分落着いて来ましたが、

それでも時々気分が落着かぬ事もあり、何となく不安でなりません。

この死霊は未だ私に憑いているのでしょうか。

また、今後いかにしたらよいでしょうか。御伺い致します。」


明主様御垂示
「地縛の霊が苦しいので、助けて貰いたくて憑るのである。

祝詞や御著書等出来るだけ奏げ、また読んでやる。すると成仏する。

判ったら早くお祀りさせる。

その人の仏壇でもいい。位牌を小さくして戒名を付ける。」




明主様御垂示 「自殺者を救うには御神体を奉斎する」 (昭和25年5月7日)

信者の質問
「主人HS(六十二歳)、日頃家事の事情を気にいたしており、今年の四月十日午前九時半、二階で縊死をとげました。私の心はまっ暗で御座います。

死後霊界の向上を計って回向をいたすべく御指示願います。

私は昭和二十三年三月入信させて頂きまして、御浄霊を頂いております。

光明如来様は未だ御奉斎させて戴いていません。」


明主様御垂示
「死霊を助けるには光明如来様を是非お祭りする。これだけで助かる。」




明主様御垂示 「自殺した娘が線香で蛇の頭を焼く夢」

罪や祟りある家庭、盗癖の娘、殺した蛇の転生

信者の質問
「家庭の不幸が多いため、勝手に今までの神様のお札を河に流しました。

その夜夢で蛇があらわれ私の手にまきつき、その時死んだ娘が線香を持って来て蛇の頭を真赤に焼きましたが、蛇の尾に白いものが見えました。

娘が鉄道自殺した時、手に包帯をしてあげた時の事を思い出し、娘が蛇になって来たのでしょうかと思います。

娘は一人子で、養子を迎えて子供が二人出来ましたが、物質に恵まれていながら手癖が悪く、近所の人に時々迷惑をかけ、

夫にいやがられ、夫は他に女をつくり、家庭は複雑していたため赤ン坊を連れて自殺したものです。

お教え下さい。娘は四年前お光を受けました。」


明主様御垂示
「家にひどい罪穢や祟りなどがある。

お光を頂くだけでは本当に救われる訳にはゆかぬ。

光明如来様をお祭りしなくてはいけない。お光だけでは個人だけになる。

蛇は娘さんかもしれない。」




明主様御垂示 「遺族の入信を求める自殺霊」

四本足、五本指のヒヨコ

信者の質問
「島根県の事ですが、数年前鉄道自殺をした方があり、先般三回も信者の方に憑依致し、救って欲しい、家族が入信してほしいと頼みましたが、家族の者はどうしても判らず、入信致しません。

ところがこの度その家で鶏の卵を孵そうと致しましたところ、九ケの内八ケは腐り、一個だけ四本足に五本の指の雛(ひよこ)が孵りました。

右の霊と何か関係がありましょうか。」


明主様御垂示
「無論関係あり、怒って不思議な事をして気付かせようとしてしたのであろう。

今少し打遣っておけ、霊の要求が段々判って来よう。」




明主様御垂示 「水死者もお祀りしないと病気は治らない」 (昭和27年2月27日)

信者の質問
「AS(男性)足がフラフラで歩行も不自由となり、視力が非常に弱り、物が見え悪くなりました。

二十日ほど前に歩いた拍子に倒れ、その後全身浮腫み、全身がだるくなりました。

祖父、父、母、当人とも入信させていただき、光明如来様は一昨年十月より階上床の間に御奉斎させていただいております。

祖父は三十年前より黒住教信者で、今でも階下に出雲大神、天照皇大神、秋葉神社の軸を掛け、祠には黒住教と塩竃(しおがま)神社の御神体をお祀りしております。

未だ、黒住教に対する執着が取れず、月並祭にもお参りいたしております。このことは霊的に関係がございましょうか。

またこれらの神様はいかに処分いたしましたらよろしいでしょうか。

また、昨年秋、土蔵の中に家の主と思われる蛇がいたのを、父親が殺して川に流しましたが、その障りはございませんでしょうか。

曾祖父の兄弟で行方不明になっている者があり、祖父の妹が水死(子供と二人自殺)しております。

ある本教信者で霊の見える方が、近所(他人)の亀吉の霊が頼っているからお祀りすれば良いと言われますが、

未だ祀らずにありますが、やはり祀らねばならないもので、ございましょうか。右のことは霊的関係がございましょうか。」

明主様御垂示
「蛇・・・大いに関係ありますね。これは悪いですね。

近所(他人)・・・他人なら祀らなくても良いんですがね。

頼っているといって・・・そうしたら、祝詞を奏げてやれば結構ですよ。

そうして光明如来様に、救ってもらうようお願いすれば、それで良いです。

これは霊的関係があるな。

歩行・・・これは、蛇の霊が憑っているんですね。

蛇の霊が憑ると足がフラフラになるんですよ。歩けなくなるのがあります。視力が弱るのも蛇ですね。

これは、良く光明如来様にお願いして、早く ・・・殺した蛇が人間に生まれ変わってくるように、それをお願いすると良い。

生まれ変わるということが、一番良いんですがね。

そうすると、かえって蛇はありがたくなるんですよ。

殺されてかえって感謝するようになる。それを良くお願いするんですよ。


それから、黒住教ですが、これはやっぱり祖父という人が自分から、メシヤ教信者になって、黒住教の御神体を処分したいという気持ちになってからでなければいけないですね。

少しでも執着のある間は処分してはいけないですね。

しかし、こういうことも障りになることはあります。

一家の中で、明るくなったのに、一部分暗くなっているのでね。

これも光明如来様にお願いすると良いですね。

そうすると早く解決つくんです。


二人の自殺・・・これもいくらか頼っているようですね。

全身の浮腫みなんてのは、この霊が・・・水死の霊が憑ると浮腫みますからね。

やっぱり人間に霊が憑っても・・・一つでなく、二つも三つも憑る場合がありますからね。

しかし、これは仏様を祀ってあるんでしょう。」


信者の発言
「さようでございます」

明主様御垂示
「これは救われたくて憑るんですからね。悪意で憑るのではないからね。」


信者の発言
「水死の方は祀ってないそうでございます」

明主様御垂示
「それはいけないですね。早く祀らなければ・・・早く祀りなさい。そんなことで治るわけですがね。

黒住教の御神体は下に祀ってあるんでしょう。たいしたことはないですね。

光明如来様は二階でしょう。それならたいしたことはないですね。」




明主様御垂示 「船中霊に襲わる場所 水死霊」

信者の質問
「大浜海岸のある所に舟を繋留して寝るといつでも、誰でも、何かのために胸苦しく、全身が重くなり、驚いて目を醒ますと全身汗びっしょりになっているが、

ただ一つ満栄丸と言う船だけは(持主はKI郎)一度もそのような事なく、平気で寝られるとの事ですが、いかなる意味でしょうか。」


明主様御垂示
「水死した霊がいる。

相手により、霊が憑り易いのである。

霊に要求があるので、大抵は無縁になってるから、祀ってもらいたい訳である。

霊は反って心の良い人に憑る。

祀ってくれる可能性があるからである。」




明主様御垂示 「船幽霊 水死霊」 (昭和25年2月11日)

信者の質問
「長崎港外手熊の沖合では、船幽霊と申しまして、丁度座蒲団位の大きさの四角なものが船底に吸い付くと、どんなに櫓を漕いでも、船は少しも動かぬそうで御座います。

そのような場合、火の燃えさしを海中に突っ込みますと、忽ち船幽霊は消散して動くことが出来ると、付近の漁師達は申しております。

またその付近では度々難船があったそうで御座います。

果して船幽霊とはあるものでございましょうか。御教えを御願い申し上げます。」


明主様御垂示
「溺死した霊が救われたいためになるのである。

溺死すると底に沈むから、非常に寒い。

火の気を少しでも入れると、ちょっと温まるからやめるのである。

施餓鬼のごとく、よく供養してやるとよい。」




明主様御垂示 「赤ん坊を殺して埋めた事例」 (昭和24年8月21発行)

信者の質問
「私の実家の姉は気が違って間もなく死亡いたしましたが、

気が違う前に私生児を生みそれを殺して庭に埋めて隠しておりました(後に掘り出しました)。

そのためか実家の長男は死亡し、嫁に行った長女も死亡いたしました。

光明如来様をお祀りいたしたいと存じますが、実家の妹が観音様に大反対で困っております、御守護をお願い申し上げます。」

明主様御垂示
「これは、その家の人が一人でもこの信仰に入って徳を積んで、光明如来様をお祀りすればだんだんよくなりますよ。

これはやはり祟ってるんですね。

体は掘り出しても、霊は地縛の霊となり、永い間そこにいて祟りますからね。

一人で淋しいもんで、友達が欲しさに自分の所に連れて来るんですよ、それで死ぬんです。

御光りによれば地縛の霊の成仏が早くなりますからね。

成仏してしまえばいいんです。

地縛の霊はその土地には三十年間はいるって言いますがね・・・」


信者の発言
「ちょうど三十年経ったところでございます。」

明主様御垂示
「じゃあ、もうそろそろ原則から言えば遠のくわけですがね。・・・

しかし、その霊の執着にもよりますからね。

それにこんなのは永いですよ、人を殺してますからね、その罪によって永く苦しむんです。

そして、よくこの霊を供養してやったり、子孫が徳を積むとこの期間が早くなるんです。

私なんかが行くと一遍ですよ、光によってね・・・」




明主様御垂示 「溺死者の供養個所」 (昭和24年8月1日)

信者の質問
「地縛の霊を供養致します場合、溺死者の時は投身した場合、または死体の浮んでいた場所のいずれにて祝詞をあげるべきで御座いましょうか。」


明主様御垂示
「浮んでる所に霊は近い。判明せぬ場合は推定でいい。供養の気持が通ずる。」






地縛霊の祝詞による救霊


明主様御垂示 「地縛の霊には祝詞をあげるべき」

信者の質問
「変死人の供養の方法を御教え下さい。」


明主様御垂示
「普通と同じようで、別に変った事は要らぬ。

供養といっても、世間体やお義理等のみでやる、想念で大変違う。

変死人などの罪の深い人間は早く助けたいとして充分にしてやるという気持でやると、霊に大きくそれが響く。

地縛は約三十年となっている。供養をすると非常に早く、五年ですむのを半分位で出る。

私などその場所へ行くとすぐに救われる。

その場所へ行って、祝詞を三遍も奏げてやると大抵救われる。

五、六回やってやると殆ど助かる。




明主様御垂示 「地縛の霊には祝詞をあげるべき」 (昭和24年10月3日)

地縛の霊が幽霊になった事例

信者の質問
「光映会柏崎出張所に九月十日に出張致しました所、

未明頃ふと眼を覚ました折、若い娘の影が私の寝ている蚊帳の外に来て座り、おじぎをして無言のまま立去りました。

出張所の人達も時々二階へ階段を上って来る足音を聞く事があると言っております。

別に淋しさは感じないと申しておりますが、どういう霊の仕業でしょうか。御伺い申し上げます。」


明主様御垂示
「地縛の霊で、変死者である。祝詞がいい。」




明主様御垂示 「地縛の霊には祝詞をあげるべき」 (昭和24年9・10月)

地縛の霊が幽霊になった事例

信者の質問
「新潟県下のある教導所に七月十日出張の折、未明ごろふと目を覚ましますと、

若い娘の影が私の寝ている蚊帳(かや)の外に来て坐り、お辞儀をして無言のまま立ち去りました。

他の人もときどき二階に上って来る足音を聞くことがあるけれども、別に淋しい感じはないと申します。これはどういう霊の仕業でしょうか。」


明主様御垂示
「こういうことはよくあるんで、そこで変死した地縛の霊ですね。

有名な話がありますね、乃木大将が信州のある宿屋へ泊まったところ、土地の女が蚊帳の外でお辞儀をした、

で、翌朝宿の者に話したら「やあ、やっぱり出ましたか、あの部屋を使うたびに幽霊が出るんでふだんは使わないんですが、

閣下は軍人だから大丈夫だろうと思ってました」と言ったそうですが、

その女はその部屋で自殺したか殺されたかで死んだ霊なんです。・・・

こんなのは祝詞を上げてやればいいんです。」




明主様御垂示 「首吊りの霊を言霊で救った事例」 (昭和26年9月8日)

信者の質問
「月並祭に浄霊していると、先祖が出てきて・・・」

明主様御垂示
「月並祭に浄霊やっているんですか。」


信者の質問
「月並祭がすみましてから」

明主様御垂示
「ああ終わってからね。」


信者の質問
「二十五年前に首を吊って死んだ霊で、非常に苦しがり、まだ紐がかかっており、浄霊しても、どうしても取れず」

明主様御垂示
「三十年は駄目です。」


信者の質問
「とっさに言霊(ことたま)で縄を取りましたら、すぐに取れました」

明主様御垂示
「祝詞を奏げてやればちゃんとなります。」


信者の質問
「戦争で、お腹に弾が入っているのも言霊でよろしいでしょうか」

明主様御垂示
「そういうことは、メシヤ教以外ではだめですからね。他ではお経奏げるが駄目です。この力はたいへんですよ。」




明主様御垂示 「変質地縛霊の供養」

信者の質問
「北海道厚田村のある引揚者が役場の厚意で家を借りましたところ、

間もなく二人死亡致し、家を変りましたところ、

また二人死亡致しました。今度は三度目、やはり役場の厚意でただ今の家へ入る時、

妻が玄関を入ろうとすると家の中より棺桶を担いで出て来る影が見えたそうです。

そこで妻はその家に入るのは嫌だと主人に申しましたが、

主人はそんな馬鹿な事があるか、御厚意だと言い、その家へ入りました。

ところが二ケ月経たぬ内に子供がまた二人死亡致しました。

家が変る度に二人ずつ死亡致したのですが、何か霊的ではないでしょうか。

なお三度目の家は床柱が逆様に建ててあるそうです。」


明主様御垂示
「二人の地縛の霊がいて祟っている。

二人が淋しい点もあるし、生きてる奴が癪にさわるというような、心のよくない変態的性質の霊即ち悪霊である。信仰によって救う外ない。

光明如来様をお祭りし祝詞を奏げる。

逆さの床柱は不可である。霊的に間違っている。

柱は肝腎なもので、その原因で家を支え切れず、転落する意味になる。入信して治すべきである。」




明主様御垂示 「浄霊研究会の最中に女子が発狂した事例」

信者の質問
「本月二十二日光明如来の御神体を先生より御借りして、浄霊の研究会を行いました。

その夜二時頃私の六才になる女の子が急に発熱し、上方をみつめおどおどした様子をした後起上り、

窓の方を眺めて「子供が来た来た」また「子供がかくれたかくれた」と言って恐がりますので、早速浄霊致しましたが嫌がりました。

そのような事が二ケ月程以前にもあり、その時は「ゲラゲラ」笑い、水を沢山飲み

「二人子供が来た来た、水をかけるかける」と恐れ、おどり廻り

善言讃詞を奏上すると「行った行った」と言い、

暫くして前に述べましたように子供が来た等と申し、約二時間程で平常になりました。

この外時々発熱した事があります。右は霊的原因で御座いましょうか。またいかに致したら宜敷いでしょうか。御教示下さい。

(因に前に住んでいた方の子供が付近の川へ落ちて死んだ事があるそうです。)」


明主様御垂示
「御神体を借りてお掛けするのはいけないし、外すのもいけない。

会の時に掛け、外して帰るのはいけない。

早くお祭りしたい場合御神体を貸す事は構わぬ。

そしてまた代りが出来たらお返しするというのは構わぬ。

特殊の場合以外は移動してはいけない。

霊界で迷っている子供の霊が助けてもらいたいのである。

やはり地縛の霊でその辺でウロウロしているのである。

来た時は祝詞を奏げてやるといい。」




明主様御垂示 「家主の叔父の憑依によるノドの異常」 (昭和24年6月8日)

憑依する首吊り自殺者は早く供養すべき

信者の質問
「私はただ今ある家の二階を借り昨年一月より住んでおりますが、

この家は一昨年十二月六日に家主の叔父に当る人が世をはかなみ縊死したそうで、

後日近所の人から聞いた時は別に恐いとも思いませんでした。

しかし今年になってから、私の咽喉に異常が現れ、咽喉笛が食違ったような感じがあり、追々ひどくなって、

五月頃からは咽喉を締められるような感じで仕方ありませんので、

五月二十日頃から縊死した人の霊を慰めようと思い水、御茶、御飯等をあげ、善言讃詞を朝夕あげました。

その朝は咽喉ばかりでなく気分がいらいらして、精神病になるのではないかと心配致しましたが、

供養を始めてから一週間目には気分も大分落着いて来ましたが、

それでも時々気分が落着かぬ事もあり、何となく不安でなりません。

この死霊は未だ私に憑いているのでしょうか。

また、今後いかにしたらよいでしょうか。御伺い致します。」


明主様御垂示
「地縛の霊が苦しいので、助けて貰いたくて憑るのである。

祝詞や御著書等出来るだけ奏げ、また読んでやる。すると成仏する。

判ったら早くお祀りさせる。

その人の仏壇でもいい。位牌を小さくして戒名を付ける。」




明主様御垂示 「轢死者の憑霊による発話障害、精神病」 (昭和24年7月28日)

信者の質問
「私の姉(二十六歳)が、耳は聞えますが言語が喋れません。

今より十三年前、近くの踏切で唖の老婆が列車にはねられたのを目撃した姉は驚き、

その後一週間目頃より急に恐怖症状となり、便所には白髪の老夫妻が立っているとか言って行かなくなり、

また、家の中の独居を恐れたりする内に言葉が出なくなりました。耳は聞えます。

その後一年間位は喋れる時もあります。

なお、その唖の老婆も村の世話で葬儀をしました。

この老婆と姉の状態とに何か霊的関係が御座いますでしょうか。

また、私の兄も精神病者で乱暴をしますので、今は監禁しています。

家の中で二人の異常者があるので、家中で熱心に御用をさせて頂いております。

いかなる因縁で御座いましょうか。御伺い申し上げます。」


明主様御垂示
「お婆さんの霊が憑いた。治る。

本人にも祝詞を出来るだけ奏げさす。(天津祝詞がよい)

すると老婆の霊が清まるか、霊界へ帰る。

供養もしてやる要がある。それで治る。

精神病は最初乱暴する。少し経つと温和しくなる。その時に浄霊する。

右延髄の固結、また、精神病者に天津祝詞を奏げる。」




明主様御垂示 「ある土地の往復に死霊の憑いた事例」 (昭和27年9月1日)

信者の質問
「婦人で、静岡県浜松を通ると往きか復りに貧血状態になる者がおります」


明主様御垂示
「そのところに死霊がいて、その人に関係のある死霊で、死んでいてその人が通るときに憑くのです。

そういうときに祝詞を奏げてやると良いです。」




明主様御垂示 「特定の場所で腹痛」 (昭和24年6月29日)

信者の質問
「最近一週間ほど毎日朝会社へ行く途中同じ場所で必ずお腹が「シクシク」痛くなり、約二十メートル余りの間でそこを過ぎますと痛みは止まります。いかなる訳で御座居ましょうか。」


明主様御垂示
「自縛の霊がいるのである。祝詞を奏げてやるとよい。」




明主様御垂示 「地縛霊のいる事故現場では三回位祝詞をあげるべき」 (昭和24年5月11日)

信者の質問
「地縛の霊がいる現場は、度々同様の事故が起りますが、事故防止をするため供養を致したいと思いますが、供養の方法につき御開示を御願い申し上げます。」


明主様御垂示
「そこで祝詞を奏げてやる。

事故があった中心へ行って祝詞を上げてやる。

大先生などそこへ行かれるだけですぐに救われる。

三回も奏げてやればいい。」




明主様御垂示 「地縛の霊には祝詞をあげるべき」

自殺現場の供養

信者の質問
「踏切などで自殺した地縛の霊を石地蔵などを立てて供養し、後難を除去する等の事を致しますが、この場合地縛の霊が人の供養を受けられるもので御座いましょうか。」


明主様御垂示
「地縛の霊など人の供養がなければ浮かばれぬ。

早く救われるよう遺族がよほど供養してやる。

するとその期間が短縮される。

地蔵に祀られると霊界における向上が早い。

地蔵に憑依して善い事をする事になる。

だから大変善い事である。

地縛の霊には祝詞がよい。

大先生などすぐイキナリそこへお座りになる、すると御光により救われる。」




明主様御垂示 「首切り場の祝詞による供養」

三年間、毎日祝詞をあげるべき

信者の質問
「私の家は昔武士の屋敷跡で、以前は首切場だったとの事ですが、

右の事情を知らず買取り、家を建てた所、昭和十六年十一月二十八日の大旋風にて家は倒壊なし、長女はその時、家の下敷となって死亡致しました。

今度は私が突然病気となり、先生の御救いを求め、光明如来様を御祭りしておりますが、

このままそのところに住んでいても宜しいものでしょうか。御教え下さい。」


明主様御垂示
「変死の霊がいるから、普通はいけないが、

変死霊は普通三十年位そこにいるが、執着が強いのはもっと長い。

光明如来様をお祭りすれば、その霊は救われてゆくから、

すると救われた御恩返しをする事になるから、差支えない。

首切の個所だけ石牌か塔婆でよい、印をして、約三年位、一日に一ぺんずつ祝詞を奏げてやるとよい。」




明主様御垂示 「自殺者あった井戸の処置」

信者の質問
「跳び込み自殺をした井戸の後始末は・・・」


明主様御垂示
「地縛の霊となっているから三十年間はそのままにしておく。

時々祝詞を奏げてやるといい。

また、自殺者の家族が入信すると早く済む。

そうすれば十年位も経てば埋めてもよいのである。」






地縛霊の善言讃詞による救霊


明主様御垂示 「心中のあった部屋」 (昭和24年7月30日)

信者の質問
「私の家は旅館をいたしており最近警官と娼妓(しょうき)の心中(青酸カリ)があり、

さっそくその室で善言讃詞を三度唱え浄霊しましたがそれでよいでしょうか。」


明主様御垂示
「一回だけではいけない。五、六回やればそれで救われる。」




明主様御垂示 「焼死霊の憑依による子供の赤アザ」

信者の質問
「他界して久しく墓を建立せず、その後建てましたが、変死者等の霊は墓場にいるのですか、仏壇の位牌に憑依するのですか。

また、墓について御伺い致します。祖母が老衰で死亡し、火葬中死人が苦しみ、声を出したがそのまま火葬に付しました。

その後家族の者に夢枕に立って、その当時の事を訴え「よくも焼殺したな」と言いましたが、

祖母(死亡)の曽孫に当る子供が九ケ月で誕生、生れながらに全身火傷(赤く)のごとく、今日迄三ケ年経ました。

歩行出来ず、最近信仰に入りましたが、祖母の再生でしょうか。

また、浄霊すれば成仏するのですか。御伺い致します。」


明主様御垂示
「地縛の霊は一町の範囲より出られない。約三十年間としてある。

ただ遺族の供養によって早くなる。

その場所で善言讃詞を五、六回奏げれば離れる。(どく)

仏壇は出来るだけ綺麗にしておく。祖霊は嫌がる。墓など特に綺麗にせぬと怒る事がある。


出生児は祖母の再生か憑依である。

胎中で憑依すると再生と同じようなものである。

恐らく胎中で憑依したものであろう。

信仰と浄霊で段々薄くなる。焼傷のために歩行が出来ないのである。信仰して徳を施せば早く良くなる。」




明主様御垂示 「爆死者の供養 善言讃詞を奏げるべき」 (昭和24年1月6日)

信者の質問
「遠くはなれた県にて三年前爆死したと聞きました御祖母さんの霊を救う方法をお教え下さい。」


明主様御垂示
「爆死したのは粉々になる。

まとまるのは割合早いが、爆死の刹那能力を喪失するから痴呆症になる。

で、まとまって人間の形になってボーッとしていて、意識がない。

始終、善言讃詞を奏げてやると早く意識がつく。

その人の生前の徳と、遺族の供養の仕方でよくなる。光明如来様の近くに置く。」




明主様御垂示 「変死の六部霊の供養」 (昭和24年8月18日)

信者の質問
「私の御導きした信者(TI・四十七歳・女性)の所有する畑は、昔、六部塚と言うのがあったそうで御座居ます。

今から二ケ月程前から、いくさんがその畑に行くと自然に声が出てしまい「念仏」や「六部六部」と唱えて、

眼前に六部の姿がそのままに浮んで見え、頭が重く、夜も眠られなくなり、昼も同様で困ってしまいました。

いくさんの家は光明如来を斎り、親子三名御光を戴いているのですが、

畑に行く度、善言讃詞を唱え、また自宅にて膳を作り、一週間供養致しましたところ、

念仏と六部々々と申す声は未だ消えず、夜は二、三時間しか眠れません。

右の霊を慰めるにはいかにしたらよいでしょうか。何卒御教示願います。」


明主様御垂示
「六部の霊が未だ救われぬのである。

変死で、殺されたものであろう。

畠の埋っていそうな所へ行って、塔婆のような印を作り、名をつけて書いてやる。

そして水をやり、腹が減っているだろうから何か上げてやり、善言讃詞を唱えてやる。

執着のため曇っているのである。

半月か一月もやればよい。」




体験談 霊界の実在 (その二) (地上天国 7号 昭和24年8月30日発行)

宮城県牡鹿郡渡波町 SK子(20)

「三月十四日の夜八時頃の事でした。従妹(TS子)が入浴後間もなく悪寒かすると床に就きました。

早速御浄霊を頂きましたが、良くなるどころか益々ふるえが激しくなり、その上、手や足まで痛みを訴え始めました。

丁度その時、居合せたKY(二十五才・男性)さんとSK(二十五才・女性)さんと三人、ただもうお観音様にお縋りして一生懸命御浄霊を続けさせて頂きました。

しかし手が痛いというのでそこを御浄霊させて頂きますと、今度は胸が苦しいと言い出し、痛い所が方々に移動するのです。

入浴までは何ともなかったので事によったら霊ではないかと気がつき善言讃詞を二回奉唱し全身くまなく御浄霊させて頂いておりました。

でも苦しみはちっとも変らず、震えが来ますと布団の端を掴んで歯ぎしりし、苦しいの連続でした。

約二時間程こんな状態が続いたでしょうか、急に今まで苦しんでいた病人が、前のことなど忘れたように静かに寝入ってしまったのです。

私達もほっとして救われたような気持になりましたが、御浄霊の手はなおも休めず見ておりました。するとしばらくして今度は病人が目をつぶったままお話を始めたのです。

「あら、義兄さん(姉さんの旦那様)また来たの」

「いや、いや、どんないい所だって私行かない。私これから用事があるんですもの」と盛に言っておりましたが

「お姉さんに送って行ってもらえばいいのに」

「大阪から船に乗ればいいのに、横浜から乗ると船が沈没してしまうわ」

この方は昭和十七年九月に沖縄で戦死されたのです。

「いや、いや、どうしても今日は駄目、痛い、手を引張っちゃいや」

「じゃそこまで私送って行ってあげるわ」

「まあ随分広いセメント道路ね、どこまで続いているのか知ら、遠いのね、まあ綺麗!このお花何ていうの、私皆に見せてあげたい」

「もうここから一人で行けるでしょう、じゃKちゃんに送らせましょうか、でもあの人呑気だから途中で迷子になってしまうと困るし・・・」

「随分立話をしたわねじゃさようなら」


しばらくしてまた話し始めました

「あらどこまで行ったって限りがないわ、家が一軒もないのね、まあ遠いこと!」と言っておりましたが

「まあ随分寒い所にいるのね可哀想に」と寒そうに震えておりまして、

「タバコ? あら今持ってないわ、売ってないの?」

しばらくして「兄さん、父ちゃん今どこにいるか知っている?」

「まあ八十段上、そう」と吃驚しておりましたが

「あっ!!」を大きな声をあげてきっと目を見開き、

「今そこを通った人誰? 見たことある人、あ、そう」

私達には誰か分りませんでしたが、また「さようなら」と言って「何遍さよなら言ったか知ら」と笑っている中にお話が止みました。


しばらくしてまた苦しみ始めました。

今度は前のように手足の苦しみはないようでしたが、おなかの上に赤ちゃんが馬乗りになっていて苦しいというのです。

善言讃詞を二回奉唱、なおも御浄霊をさせて頂いておりました。

約三十分そうしている中に、激しい震えと共に下の歯を前に出しカタカタいわせておりますので、善言讃詞を一回奉唱致しますと、ずっと楽になりました「どなたですか」と聞きましたが、ただ下の歯を前に出して動かすだけで何とも言いません。

「お口がきけないんですね」と言いますと、大きく頷きました

「未だ口のきけない赤ちゃんですか」と聞きましたらまた大きく頷くのです

「女ですか」と問いますと、首を何辺も横に振りますので、

「それじゃ男ですね」と言いますと、ほっとしたように頷きました。

その中に両手を合せて頻りに拝むような格好をしておりますので「お祀りして頂きたくて来たのですか」と問いましたら、

首を激しく横に振りて頻りに右手で畳を掻くのです。

霊界の方達は大変善言讃詞をお喜びになるとかねてよりお聞きしておりましたのでそれではと思い「善言讃詞をして差上げましょうか」と言いましたら初めて嬉しそうに頷き、穏かな表情になって両手を合せておりました。

奉唱し終りますと今度は頻りに声を出そうとしているのです。

初めの中は一寸聞きとれませんでしたが「かかかかあちゃん」と微かに聞えました。

すると今度ははっきりと「かあちゃん」と言いましたので「はい」と耳もとで言ってあげますと、はっとしたような表情に微かな微笑さえ浮べて、今度は「ねんね」と言うのです。

一寸分りませんでしたが「子守唄ですか」と尋ねますと、さも満足したように大きくうなずきました。

早速子守唄を歌ってやりましたら如何にも満足したように、目には涙をさえ浮べてにこにこしながら、歌の終るか終らない中にすやすやと寝入ってしまいました。


たしか二時頃だったと思います。

また苦しそうに唸る声にはっと目が覚め、父御浄霊を致しました。

今度は前とは全然別な所が痛み出し左の背中で丁度心臓の後部に当る所なので自分で手を背中にまわし何辺も寝返りしながら大変苦しそうでした。

善言讃詞を二回奉唱し、Kさんと交替で一心に御浄霊を続けさせて頂いておりました。

三十分位経ったでしょうか、激しい震えが来ては急に静かになり、この状態を三回程繰返しまして、その間善言讃詞を一回奉唱致しましたが、終りましたら「ただ今のお経有難う御座いました」と静かな声で言うのです。

「どなたですか」と二度尋ねましたら「伊藤春雄です、九州の生れです」と続けて答えてくれました。

次にこの霊との問答を記します「あなたはこの方の何に当る人ですか」

「赤の他人です。この方に救われた喜びを言いに参りました。

私は十二才の時両親をなくし、二十一才の時北海道に行きある日松島及び金華山参りに船で参り、金華山で友人と二人で牛、あ間違えました、御免下さい。鹿を生け獲ろうとナイフを持って丘に駈け上りました。

その時友人のナイフが私の肩にあたり、私はその場で即死致しました。

友人は、私を黙ってそこに埋めてその上に丸い大きな石を載せてくれました」

「今でもその石はありますか」「あります」

「昭和二十三年七月二十一日、女学校の修学旅行か何かで、この子が金華山に来た時、お友達らしい子が私の石の上に腰を下しました。

この子は“これはただの石ではないようだからお立ちなさい”と言って私の石の前に松の枝と、名も知らぬ花を供えてくれました。

一人ぼっちだった私は、その夜一晩中嬉しくて嬉しくてこの子に礼を言いたくて来たのですが、この子は気がついてくれませんでした」

「今何段目におりますか」

「何段目かはっきりは分りませんが、前よりも楽な所におります」

「もっとおっしゃりたい事がありますか」

「もし、この方が再び金華山に行く事がありましたなら、もう一度だけでいいから、このお経をあげて頂きたいと思います」

「そうですか、ではそのようにお伝え致します」

善言讃詞を一回奉唱しております中にさも満足そうな表情をしながら、何の苦しみもなく寝入ってしまいました。

こうして次の日一日は疲労のため、食物も喉を通らず、寝たきりでしたが、三回の御浄霊の御蔭でその翌日はずっと元気も出て、三日目にはすっかり元通りになりました。」




体験談 祖霊に及ぶ大御恵 (地上天国 14号 昭和25年3月20日発行)

神声中教会 ST(49・女性)

「七月二十日は月は違いますが母の命日でした。何かと供え物をしていろいろ母の思い出話をしていましたが

夜のお祈りのあと、長女及同居のUさん(二人共教導師)を浄霊後Uさんが、「身体が変になった」と云いますので更に浄霊いたしますと身体を動かし憑霊現象を呈しましたので

長女に善言讃詞をあげてもらいながら私は浄霊をつづけていますと、ころりと横に倒れたと思うと起きて坐り、がたがたふるえて、右の肩から腕、手の先まで半身冷く硬直し、「お茶々々」と云います。

お茶をあげるとふるえながらお茶わんをがちがちさせて半分程飲みました。

母の死の時と同じ状態となり、私に抱きつき泣きながら

「会いたかった会いたかった、やっと会えて、こんな嬉しいことはない。

五、六日前から会いたい会いたいと思っていたのだが多勢人がいたので我慢していたのだよ、死んだときはとても苦しくて、身体がすっかりきかなくて、どこまで行っても暗黒なところにいてなんにも見えずとても淋しかった。

そこから出ようとしても恐しい大きな目がみているのでどうする事も出来なかった。

私は何も悪い事はしなかったのだけれど因縁でそういうところに行ってしまったのだよ」というのです。

私も当時を思い出して泣きながら、今はどうしているかとたずねました。

「今はね、貴女が多勢の人か導いて光明如来様の御用を一生懸命しているおかげで私は光明如来様に許されて中有界にいるのだよ、有難く親子三人で一生懸命光明如来様の御用をして下さい。(この辺りから身体は平常になりました)

大きい孫(長女)は見たけれど、小さい孫に(次女)会いたいね、会いたいけれど折角面白い思いをしているのだから呼んで来なくていいんだよ(次女は丁度夕刻より映画に招待られて不在でした)

「私達一生懸命光明如来様の御用をさせていただきますからどうぞ安心しでおかえり下さい」

「邪魔にならないところにいるから今晩一晩ここにおいて丁戴ね、明朝七時にかえりますから」と頼むので承知すると光明如来様に御礼を云い終るとUさんは元にかえりました。


が今度は震災で死亡した身内の者の霊が憑依し「熱い熱い火の車がきた。恐しい鬼が棒を持って火の車に乗れと云う」と苦しんで死の様相をします。

長女が善言讃詞をあげますと忽ち楽になりました。

「僕達が死んだ時弟と自分家が助かったといって喜んだでしょ、だから始めは悪かったけどお前を怨んだ、肩についたり腰についたりお腹に入ったりしてお前も随分苦しんだでしょう。

今は貴女が一生懸命光明如来様の御用をしているおかげで僕達身内の者は皆中幽界の上の位にいます。

今光明如来様が皆一緒に連れて来て下さって僕が出ようとしたが貴女の母親がなんとしても先に会いたいといってきかないので僕は待っていたんだよ。

問「毎日仏様に善言讃詞をあけていますが」

答「実に有難い皆喜んでいます。

光明如来様に供がったものは後皆戴いていますから何の不自由もなく皆に分けてあげているのでとても喜ばれています。

親戚の無縁がここに毎日水を飲みに来ていますが僕たちはお茶を戴いています。

彼等はお茶がないので僕達をとてもうらやましがっています。

毎日だと面倒だから一ケ月の中一度でいいですよお茶をやって下さいね貴女が光明如来様の御用を一生懸命するので僕達はどんどんよいところに上ってゆきます。

もう少しのところですよ、もう少しで天国にゆけます。

天国から網が下がっているのですが細くて中々つかまれないのです天国はいいところですって、行きたいものですね、

○○月にはいろいろ恐しい事がおきますが光明如来様の御用をしていれば救われます。

今年はきっとよくなるから一生懸命やって下さいね、光明如来様の御用をすれば百までは生るというんでしょ、

貴女は僕達の分まで長生きして二百まで生きなさいよ、いいじゃありませんか二百まで生きちゃいますよ」


問「宇野さんの息子さんはどこにいるのでしょうか」

答「息子?」


問「戦死した息子です」

答「ああ鉄男かい、あれは僕達のところまでは来ないが中有界にいるよ、レイテ島の少し手前で沈んでしまってね、千五百人位乗った舟だった。

体の大きい子でね泳ぎが上手で随分泳いだのだがとうとう体が重くなって深く深く沈んでしまったのだよ、

でもこの子の母親は一寸も悲しまないんだよ、おかしいね、ハハハ、

光明如来様の御用をしているおかげですね他の親達はいつまでも歎いているのだから困ったものですね、

今はね中有界で光明如来様のことだけを皆に教えています。

余計なことはペラペラしゃべらない子だから皆に好かれていますよ、

本当に光明如来様のおかげで有難いねさあ光明如来様につれて行ってもらいますから」

と皆と一緒に善言讃詞をあげて霊はかえってゆきました。

現界における信仰の徳が霊界へ反映し祖霊が救われその喜びがまた現界に反映することもよくわかり光明如来様の広大無辺なる御恵に深く深く感謝いたし微力ながら御用させていただくべく努めます。」




体験談 霊界の実在 (その一) (地上天国 7号 昭和24年8月30日発行)

日本観音教天国会光明分会 KA(男性)

「人は死んだら土になる、あの世の生活なぞあるものか、天国地獄は迷信である、お伽噺に過ぎない」と信じている人々にこの報告を御見せ致します。

総て三月上旬より中旬にかけて実際にありました事をありのままに書いたものであります。

最初の実例は、行方不明と思っていた伯父が首を締め殺され、地獄に堕ちておりその霊が苦しさの余り救って貰いたいためにOT(女性)さん、の肉体に憑依して来て、そこで事の真相が判明した次第と、

次の実例はTS子さんと戦死した義兄との会話、並に善言讃詞と子守唄を聴き満足して熟睡に落入った小児の霊、そしてまた、見ず知らずの他人の墓石に花を捧げ善言讃詞を唱えてくれた女学生の霊が御礼に来た事実を示します。」


(その一)
宮城県牡鹿郡○○町 IH子(36)

「三月三日タ方より、私の妹○○町のOT(二十四才・女性)が腹痛を起しましたので、毎日TS子さんの御浄霊を戴いておりましたが、日増しに痛みが増して参り、いつもなら二三日で起きられるのですが、今度は日毎に苦しさを増すばかりでした。

その後八日から痛みは強まり、夜もろくろく寝られません。

九日十日、十一日と夜になると痛みうわ言を言い出し、毎日食事も摂らず水さえ直ぐ上げてしまう有様で医者を迎えて何度か診て貰いましたが、注射を何本打っても痛みが去る所か反って苦しさと痛さを増すばかりで、

十二日にはお医者様も「こんな痛みを訴える患者は初めてです、これは薬では駄目だから神様でも拝む人に御願いして御覧なさい」と言うものですから、

近所の佐藤規子さんという方に来て頂きましたが妹の苦しみは増すばかりで御座いました。

その中に妹は歯を喰いしばり両手で首の所をかきむしりながら苦しみ出し、紐のようなものを解いている様子ですから

「そこが苦しいのは首吊をして死んだのですか」と聴きますと首を横に振り

「それでは首を締められたのですか」と尋ねますと「そうだ」と頷くのでした

「殺された月日は」と問いますと「三月三日」と答え「殺された所は」と尋ねますと、首を締められていますので言う事が出来ないのでしょう。ただ「エーエーエー」と言うだけです。

その中に「エッチュウ」と言ったので「越中ですか」と尋ねますと「ウー」と頷きました。

この人は今から五十四年前に脳を悪くして家出した伯父Hで御座いまして、四十九年前に首を締められて殺された事が途切れ途切れにようやく判ったので御座いますお祀りして上げますからお帰り下さい」と言いますと、静かに帰って行きました。

翌十三日の昼間は何ともなく夕方からまたまた苦しみ出し、その苦しみようはとてもこの世のものとは思えない程で、今にも死ぬのではないかとさえ思われた程のもので御座いましたので、私共は心細くなって参りました。

妹は「嫌だ嫌だ、そんな所に行くのは嫌だ」「手を引張られる」と叫びますので、

姉は手を押えてやらないようにすると、今度は「足を引張られる」と言うので次の姉は足を押えるというように、

家中の者が一刻も妹の側を離れることが出来ない有様でしたが、

霊は「どうしてもこの子を連れてゆく」と言うのです。

そうしますと妹は「どうしても嫌だ」とか「いっそ行こうか」とか言うものですから私共は「駄目だやるものか」と妹の体を三四人で押えで持って行かれないようにしておりまして

「お祀りをして上げますから」と言いますと「祀る祀ると言って何時祀るのだ」と非常に怒り「祀っても祀らなくてもこの子を連れて行く」と言い出したものですから、

母は「今すぐお祀り致しますからどうぞ離れで下さい」と言って紙と筆を持って来ましたら、O家先祖代々之霊と妹が書いたので御座います。

午前二時頃TS子、さん(御浄化中)とSK子さんに来て頂いて、午前六時まで御浄霊して頂きました。


実に十一時間恐怖の夜は明けました。

けれども吐気は依然としてありますし、昼間は良いが夜が心配になるものですから、教導所の先生を御願いしてはと申しておりました所へ。

TTさんとお二人で見えられ御仏壇へ善言讃詞を上げて下さいました。

その後三十分間御浄霊を頂きましたら妹は「吐気はなくなりとても楽になった」と申しますしS子さんと共に食事を頂いてから後、間もなく家族と共にまた頂き、その夜は御浄霊を頂きその後妹は何も知らずに寝込んで翌朝までぐっすり休ませて頂きました。

嗚呼前夜と比べて何と有難い事で御座いましょうか、前夜の事は考えただけでもぞっと致します。

伯父は家出して行方不明ですから、役場では生存者に扱われておりました。

御観音様のお救いを頂きたいために妹に憑依したので御座います。

私共もこれによって、この娑婆で苦しんだ人は、霊界に行ってもその苦しみをそのまま持って行くのだという事を、今更のようにはっきりと悟らせて頂き、本当に霊界というものはあるものだと言う事を深く胸に刻みつけた次第で御座います。

妹はおかげに依り十七日から外を歩かれるようにして頂き御力の偉大さにはただただ驚きと感謝の他は御座いませんでした。」




読者の声 死後の世界を知る (地上天国 16号 昭和25年8月15日発行)

長生中教会富士教会 IC(男性)

「私は入信後未だ日の浅い者でございますが、信徒の皆様方、たとえ一行でも目を御通しになって戴くだけでも結構に存じます。

私がこれから記そうと思いますのは、いささかの偽り無き真実でございます。

現界人への地獄の霊の告白、生れて初めて識る霊界の存在です。

私のすぐ近所に今年で足かけ四年間眠り病に苦しむ十八才になる娘が御座います、眠り出すと死人同様昏々と眠り続ける霊的患者であります。

昨年七月三十日昏々と眠り続ける事十日という状態になってはじめて家人も驚き、医療にてはどうすることも出来ず、遂に御浄霊にお縋りしたいと申して参りました、早速眠っている娘に御浄霊を始め、北山教会の加藤先生に連絡致しました。

昨年九月二日先生と一緒に御浄霊に行きました所、先生が御浄霊をはじめて五十分位い経過した頃、昏々と眠っていた娘が急に口を動かして語りはじめました。

すぐ霊の憑依であることを察しました。


霊 「上野村の墓地に埋めてある骨は私の骨ではない。私は今まだ東京の空襲で焼死したそのままの状態で火の中で苦しんでいる」

先生「あなたはどなたですか」

霊 「満子(患者)の姉のあき子です」

先生「どうすればよいのですか」

霊 「苦しいから救って下さい」

先生「祀って上げるからどこへ祀る」

霊 「富士宮へ(婚家先)」

先生「ではその通り祀って上げるから」

霊 「さようなら」


すぐ娘の母親に聞いてみますと、上野村の墓地の骨は誰かは判らぬ。

とにかく本人の死骸が判らぬため、この辺だったからと申して骨を拾い集め、右の墓地に納めたとの事です。

焼死する当時妊娠十ケ月だったそうです、富士宮の家は御主人の現在の住居で、上野村の墓地は御主人の実家の墓地だそうです。

早速娘に教修を戴かせましたが、霊の申すことは未だ実行出来ぬ裡にまた憑依してきました。

早速富士の長谷川先生、加藤先生に来て頂き御浄霊を受けました。

今度は非常な苦しみ方で蒲団や着物を引き破り、手を咬もうとしたり、舌を咬切ろうとしたり致します。

ところが決して咬んでしまうことはなく、最後の瞬間に必ず舌を咬むことが出来なくなります。

光明如来様の御守護の有難さは何んと申してよいか判りません。

とにかくいろいろなだめすかして漸く霊を納得させて帰らせることが出来ました。

それでも家人は霊の申す通りの事がなかなか出来ませんでした。

八月三十日霊の申す通り仏壇に御屏風観音様を御祀りする事が出来ました。

九月三日に娘が私の家で話をしていろ時にまた憑依して参りました。

早速光明如来様に向って御守護を御願い致しました。


霊 「私は今霊界で非常に上位な所にいるうれしい、是非御讃歌を奏上して下さい」

私 「ではただ今御讃歌を奏上して上げます」

霊 「うれしい」と涙を流して喜びました。すぐ御讃歌を奏上致しますと、

霊 「有難う」

私 「外に言いたいことがありましたら言いなさい。そのようにして上げます」

霊 「お願いだから私の焼死した東京のアパートヘ善言讃詞を上げてくれ」私はすぐ東を向き、

私 「ここが東京のあき子さんのいた焼アパートだ、ただ今から善言讃詞を奏上して上げます」と申して奏上し始めると、霊は静かに両手を合せ涙を流しニッコリ笑って、

霊 「有難うこんなに永く妹を苦しめて悪かった。許してくれね、もう苦しめないよ」

私 「貴方も光明如来様の霊衣に包まれて祀られなさい」

霊 「妹(満子)さようなら」


それから九月十一日に私の近所へ御屏風観音様を御祭りするについて先生方が、私の家に寄って下さいました時、その娘も参っておりましたがまた昏々と眠り始めました。

先生が直ぐ祝詞を奏上すると間もなく語りはじめました。


霊 「今日は御礼に参りました」

先生「貴女は今霊界のどこにおりますか」

霊 「今私は救われて天国におります。今霊界は非常に明るくなって来ました。それでも多数の霊が非常に苦しんでいるからどこの仏壇でもよいから御讃歌を上げて救って下さい」

先生「外に言いたいことがあったら云いなさい」

霊 「はい、家のお父様に光明如来様を早くお祀りさして下さい」

先生「来月御祀りするそうですからそれで良いでしょう」と申せば霊はうなずいただけで返事をしません。

霊 「満子(患者)は一生懸命神様のお役に立つ人になって下さい。さようなら」


眠っていた娘は漸く眼が覚めましたが、二十分程経つと、また眠りはじめました。

今度はぜんぜん口を動かそうとしません。

暫く加藤先生が御浄霊を致しておりますと、やがて左の手にて畳の上に字を書きはじめました。


霊 「ワタクシハ、アキコノコドモデス。コウミョウニョライサマノオヒカリニヨリ、アキコノソバヘウカバレマシタ。アリガトウ、ニイサンダイジニシテクダサイ」

先生「あなたは男か女か」

霊 「オトコ」

私先「幾月ですか」

霊 「十月(とつき)。コンドハオバサンヲクルシメマセン、ゴメンナサイ。オバチャンモハヤクゲンキニナッテクダサイ」


以上いささかの偽りない真実を体験させて戴きました。

目に見えざる死後の世界、霊界の存在を知ることの出来る人こそ幸福の人と思います。

明日をも知れぬ運命を持ちながら、限りなき私欲に走る人間の心よ憐れなり。

戦災で物質も身も魂もきれいさっぱりとせし吾、今は春の野に小鳥の囀るがごとき楽しきこの世の天国なり。」


リンク 地縛の霊のページ

http://shinjuku.cool.ne.jp/shumei100/zibakuREI.html